レビュー:惜しさの残るロボアニメ、JINKI:EXTEND

引用:https://king-cr.jp/special/jinki/index.html
©綱島志朗/マッグガーデン・アンヘル日本支部
目次

概要

プラモ作りが好きな少女である津崎青葉はある日誘拐されて南米のベネズエラにやってきた。
その地には古代人機なる謎の機械が現れて人類の脅威となっていた。
古代人機に対抗すべく、人類はアンヘルという組織を発足する。
そして、古代人機への対抗策として人機と呼称する巨大なロボット兵器を作り出した。
青葉はその人機の操縦者に選ばれ、彼女は様々な事件に巻き込まれていく。
一方、3年後の東京ではロストライフ現象が発生しており、ひとつの町が消滅するほどの爆発が世界で起こっていた。
3年前より前の記憶がない柊赤緒は、人機の操縦者として戦い人々を守る。
赤緒の周りに続々と集まる人機の操縦者。
南米ベネズエラで戦う青葉、東京で戦う赤緒。
ふたりの少女の戦いの日々は、やがてひとつに重なっていく。

説明のしづらさ

ジンキシリーズは漫画原作のロボットアニメである。
全年齢向けの漫画作品として世に出てきたジンキは幾つかの作品を経て成人向けの作品が発表されたり、徐々に青年向けへシフトしていったりと変化している。
今回のジンキ・エクステンドはシリーズの中でも比較的初期にあたる作品であり、全体の物語としても最初の方にあたる。
物語はシリアスかつロボットものということでその手のジャンルが好きな人には刺さるだろう内容だが、既存シリーズではないオリジナル故に問題が生じている。

それは主役メカ含めて世界観・用語がややこしく、煩雑なので物語に入れ込みにくい点だろう。
序盤は説明でどうにかついていこうとするものの、すぐに意味不明となってしまう。
何故視聴者が混乱することになってしまったのか。
それは同時進行でふたつの物語を描いてしまったことにあるのだ。
青葉がベネズエラに来て操主(パイロットを指す)となって戦う日々が設定上1988年である。
対して赤緒が東京で戦うのが1991年と、3年ずれているのだ。
だから初見の方は、いきなり登場した赤緒は誰だと困惑するし、さっきまで青葉といた両兵がいきなり攻撃的な態度で赤緒を責めていることに頭を抱える。
しかもこれは第1話の同じ中で起きている。
最後の約1分で1988年(ジンキ)と1991年(エクステンド)を行き来するので意味不明さが増してくる。
もう少しどうにかならなかったのか。

はっきりと言ってしまえば意味不明な同時進行のやり口は止めてほしい。制作側の問題である。
書籍によると、ジンキ、エクステンドどちらの物語も必要だが尺が足りず、話数不足のために同時進行させて合流させる方針となった模様。
また順番通りにストーリーを進行した場合、女の子のキャラが極端に少ないために並行世界のように同時に描くことにしたともあった。
何度も述べるが、このせいで意味不明なストーリーラインになったのだ。
正直、その方針は悪手極まりないと考えている。
突然ふたつの場所、ふたつの主人公による物語が展開するせいで思考のリソースが配分しきれない。

加えて、オリジナル作品でどこかのシリーズものでないから知識の流用が出来ないのだ。
例示すれば、ガンダム作品ならおおよその設定が共通のものとなっているので、新しいシリーズ作品を見たところでいちいち考えなくてもいいところがある。
「機動戦士ガンダム」をテレビ・映画どちらの方を視聴したかに関わらず、その後「機動戦士Ζガンダム」や「機動戦士Vガンダム」を初見で見ても大きな混乱は起きない。
何故ならそれは使っている設定(ミノフスキー粒子など)が同じだからだ。
しかし、ジンキシリーズはこのとき映像作品としては初の作品かつ、漫画は社会的に大ヒットしてアニメを見ないような人々でさえ知っている超有名作品でもない。
つまり、制作時点の話数の少なさ(深夜の1クールは標準的とは思う)から始まる一連の問題の影響をもろに食らっている。
用語を理解しようと努めていても物語は進行していき、気づけば最終回にたどり着く。
それでよく分かったような、分からなかったような感じで終了してしまう。
オリジナル作品が陥りがちなパターンの典型例のひとつに当てはまってしまったのだ。

設定は面白い

散々文句をつらつらと書き記した上で、良かったところは絶無と問われればノーと返せる。
オリジナル作品はそれまでの知識が使えないと先述したが、見方を変えると少し違ってくる。
それは細部が合わないだけで、おおよその流れや考え方は何かしらの作品に引っかかってくるということ。
人機の足回りの稼働とブースターの加速タイミングを合わせて一瞬だけ超加速する技をファントムと呼称されているが、ブースターで高速移動するなどロボット作品では技ですらない機能のひとつ扱いの場合もある(例:「アーマード・コア」シリーズにおけるクイックブースト)。
物語の途中から一部の人機が特定の人間の専用機となる設定も、「機動戦士ガンダム」シリーズや「新世紀エヴァンゲリオン」といった超有名作品でさえ採用している。
だから完全なオリジナルというものは現実世界で早々見かけないのだ。どう面白く味付けして納得させるかが重要となる理由がここにある。

さて話がそれてしまったので戻すと、最初にこれがよいと感じたのは複座型という点。
人機の設定では特定の人物が操縦するとメカのポテンシャルが向上する利点が発生するものの、長期間の人機の操縦によってそのパイロットがメカに取り込まれてしまう。
これを防ぐべく複座型にしたという設定があり、2名のパイロットはそれぞれ上半身と下半身の操縦を別々に担当する。
上が駄目なら攻撃、下が駄目なら機動に支障をきたす。
さらにデザインが2本の操縦桿とスイッチ類というクラシカルな内装、主役メカのモリビト2号が青を基調にしたカラーリング。無骨で重たげなデザイン。
戦闘シーンも重さが伝わるようなもので、必殺技(?)が敵の攻撃を盾で跳ね返す古風な方法だ。
懐かしさあふれる出で立ちは当時を振り返っても珍しい部類。
放送年は2005年。同時期には「創聖のアクエリオン」、「交響詩篇エウレカセブン」などの有名な作品も多く、メカデザインはスタイリッシュな流線型のメカが多く登場した。
ただジンキは旧来の平成初期にあるようなゴツゴツしたいかにも鈍重さを押し出すものであり、これが古くからロボット作品を好む人に刺さったのだと思う。
モリビト2号の武装も実弾兵器で構成されているし、立ち上がるだけで基地のコンクリをぶち抜き、地面に大きな足跡を残してノシノシ歩くなど古臭さ全開。

後にエクステンドへ時間軸が移っていくと、機体は特定の人の専用機がメインとなり、理由のわからない超兵器だったり金色になったりとスーパーロボットみたいに変わっていく。
あのクラシック感丸出しの方が面白さを提供できていたと思っていただけに、後半の専用機化や謎武装を押し出すのは残念だった。
速度感も次第に早くなり、地上戦メインから空中戦も視野に入れた変わりようも同様である。
操縦桿もトレースシステムなるものに差し替えられ、モリビト2号も3年経てば1人乗りの暗いコックピット内でセンサー(計器類かモニター?)が薄闇の中でぼうっと光る空間に。
第1話の重たさ、ベネズエラの壮大さを見せつけてエンディング、その後もこういったテイストで進むかと思えば技術革新の早さについていけなかった困惑ぶりは、見れば多くの視聴者が共感できるだろう。

描写の良し悪し

さらに絶対いらないと(いち個人として)思うのが、暴力的な設定や描写。
ジンキシリーズは原作者の方針でエログロの要素が入っている。
無論、作品は原作者のものであり、全て原作者の思うままであるべきだと理解している。
しかしそれがどうしても引っかかってしまうのだ。そこで本当にいるかと思うこともあった。
本作品は全年齢向けのアニメなので直接の描写はない。
捕まってこれから襲われるという前段階といくらかの効果音はあるが、実際に性描写はなかった。
一応いくつかの設定や展開に必要だから挟んでいると思いたい。
ただどうやっても1クールで2つの物語を動かす以上、いってしまえば適当に入れた暴力シーンに感動することなどない。
性行為が主目的なら成人向け作品を購入するべきだし、OVAならギリギリ納得できそうだが本作はテレビ放送されている。
本当にいらないと思った。最終回あたりの青葉の母親の語りも薄い。ポテチの塩気の方がまだわかる方だ。

反面、第4話の青葉がベネズエラでパイロットとして訓練を積む日常回は面白かった。
元々プラモ作りが好きな内向的な少女がまともに兵士としていきなり活躍なんて出来ない。
食堂のご飯は量が多くて残し、スタミナ作りの長距離ランはすぐにヘタって終わる。
青葉は下半分を担当するパイロットとして志願するが、そもそも基礎が出来ていないので任せられないのだ。
食事を多く取れるのは才能である。
青葉の回想で登場した食堂のご飯は明らかに過剰な盛り方をしていた。
それとランニングで道端に咲く赤い花も複数回描写されていて、これは今の青葉の持久力の指標となっている。
ちなみにこの花はランニングの開始位置から1キロもないところに咲いている。
後の親友となるライバル枠のルイはまだまだ序の口という態度。
青葉のランニングは赤い花のところで大の字になって倒れる、空回りして足を負傷して赤い花のところで倒れる、赤い花を突破すると変わっていく。
非力だった青葉のために、周囲の人は持久力向上のために献立作り、シミュレータと罰ゲームによるルームランナーでゲーム感覚で挑める訓練といった協力を行った。
青葉は基礎体力が上がり、教えてもいないのに作業員に混じって油汚れとほこりにまみれながら整備を進んで手伝う充実した日々を送るのだった。

序盤で青葉の失態を見せておき、自発的にパイロットを目指す動機づけや、周囲の人の支援を受けて徐々に成長する姿を描くのは非常に王道の展開である。
短い話数の中で王道を真面目に見せれば青葉というキャラクターへの感情移入もしやすくなる。
訓練を通じて人との接し方、関係の変化も出せる一石二鳥な手段だ。
こうした努力と失敗で経験を積み上げるやり方をきちんと見せたから青葉編は良かった。
一方、途中から比率を変えていく関係で描写を削らざるを得なかった赤緒編はこうしたことに時間が割けず、感情移入しづらいキャラクターとなってしまう。
最終回でもメインは青葉であり、赤緒はどうしても割りを食ってしまう演出となってしまったのは同情するべきだろうか。

さいごに

散々不満を書き連ねてしまった本作がつまらないというわけではない。
確かに設定や演出に問題があるのは事実であるものの、メカデザインや青葉の訓練回といった光る部分はいくつもあるのだ。
また、第1話ラストのベネズエラの秘境感、謎の機械兵器との戦いといったわくわくさせる要素もあって、実際そこまで不満を持たずに気軽な心持ちで見れば楽しさが分かってくると思う。
何より既存のシリーズものではない貴重なオリジナルロボット作品のひとつ。
無闇矢鱈に攻撃するよりも大事に見守って楽しんでいったほうが、今後もこうした作品が生まれる可能性が広がるというものだ。



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