レビュー:遊園地とフライゴンの印象が強いぞ、七夜の願い星 ジラーチ

引用:https://www.pokemon.co.jp/tv_movie/movie/2003/
©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon
©2003 ピカチュウプロジェクト
目次

概要

1000年に1度、7日間夜空に浮かぶ巨大な千年彗星を見物するために、サトシたちは移動式ポケモン遊園地がやってくる場所を目指していた。
着いた時には何も無い平原ばかりで落ち込んだサトシたちだったが、遠くの地平からやってきた多くの車両によって瞬く間に遊園地が出来上がる。
翌日、遊園地を楽しむサトシたちはマジシャンのバトラーが行うマジックショーを見ているとき、マサトはバトラーの助手のダイアンが持つ鉱物の方から謎の声を聞いた。
鉱物(眠り繭)の中にはジラーチという幻のポケモンが眠っていて、千年彗星が現れる時期に合わせて覚醒し、7日間だけ姿を見せるという。
バトラーから頼まれて、マサトは7日間ジラーチのパートナーになることを了承した。
しかし、これはバトラーの策略だった。
バトラーの真の目的は化石からグラードンの復活である。グラードンの復活には巨大なエネルギーが必須であり、そのエネルギーを巨大彗星から引っ張り込むためにジラーチを利用しようと目論んだ。
まんまと騙されたサトシたちはジラーチを奪われ、グラードンがこの世に現出する。
その姿は誰もが疑問に思う様相で、ただ無軌道に暴れまわれる化け物だったのだ。
襲われたポケモン、仲間たちを救うべく、サトシたちはグラードンに戦いを挑むのだった。

夜が主戦場

「劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 七夜の願い星 ジラーチ」はサトシたちが千年彗星を見るために遊園地を目指していたという前置きから始まっている。
プロローグは遊園地が出来るまでの間は抑えめに、設営シーンはCGを使って豪華さや出来上がるまでの裏方作業を横目にしながらわくわくを貯めていく流れ。
タイトルが画面に出てくるシーンは懐かしさから鳥肌がたったくらいである。

さて、千年彗星は7日間夜の空に浮かんでいて、願いごとを叶えるといわれるジラーチが今回のメインポケモンなので、物語は基本夜に進んでいく。
昼のパートはファウンスへの移動パートや遊園地で楽しむパートで、物語が大きく進むということはあまり見られなかった。

一応、展開を補強するアイテムとしてハルカが雑貨屋でウィッシュメーカーという小物を購入している。
これは夜中に彗星を見ながら細工を進めていき、完成したら願いが叶うかもといった夜店のうさんくさい玩具だ。
玩具自体が物語を左右するなんてことはない。単にこの玩具をハルカが触るシーンを挟むことで、今が全7日間ある彗星の期間のどこなのかが分かる程度。
さらに最初の2日くらいはまともに使っていたが、舞台をジラーチが発掘されたファウンスへ動かすための移動シーンの内に時間が進んでスキップされていた。
ファウンスに到達したときには既に残り1日を切っている。
所詮、時間の進み具合を視聴者に伝えるアイテムなのでどうでもいいといえばその通りだが、それならもっと粗雑に扱っても良い気がした。

願いは自分で叶える旨をハルカが喋ったが、そもそも願い事などロクなものがなかった。
マサトのお菓子を食べたいの願いは遊園地内のお菓子売り場から盗んだものだったし、バトラーの目的はグラードンの復活で願いごとではない。
それ以外はジラーチがマサトたちのことを考えて瞬間移動を用いた緊急回避をしたくらい。
最後はジラーチの願い事をマサトたちが叶えてあげて、ジラーチは満足して眠りについた。
願い星という割に願い事の要素があまりにも薄すぎる。ハルカは何を願っていたかもわからなかった。
単に皆の安全や健康ならそう伝えておけばいい。
サトシやマサトならともかく、タケシがその手の真面目なことを茶化すとは考えにくい。
だから彗星(流れ星)要素がもったいないと感じる。

悪役が希薄

まずロケット団が薄い。存在価値が全く無い。
やったことといえばバイトでチラシを撒き散らしてバトラーの助手をしたくらい。
バイト代の代わりにピカチュウやバトラーのポケモンを盗んで逃げようとしたら、あっさりとピカチュウとサマヨールにぶちのめされて撃退された。
その後はニャース型の気球でひったすらサトシたちの後を追って、適当に生み出されたメタ・グラードンに取り込まれた。
次にメインの悪役のバトラー、これもまた薄い。
マグマ団で研究者をやっていたバトラーはプレゼンの失敗によって団を追放された。
マグマ団の連中を見返すべくジラーチを狙っていたのだが、ダイアンの過去の回想ではバトラーがダイアンにマジックを見せるシーンが挟まれた。
マジシャンになりたかった初年期から研究者になった経緯は分からないものの、隠れ蓑としてマジシャンとして興行を行っていたから嫌いではなかったのだろう。
なおさらマグマ団で研究者として働いた理由が分からない。反社会的勢力に属して自分の今後をサプライズまみれにしてどうしたいのか。
上映時間80分でバトラーがポケモンを用いて戦うシーンは限定的であり、ロケット団の撃退、ジラーチを迎えに来たアブソルへ催眠術、ジラーチを捕らえて利用しようとした2回分。
そしてグラードンを倒すべくサトシに協力した合計5回分で、戦闘シーンそのものが短い。
ポケモンのアニメを見なくなって久しいからそう思ってしまうのか、意外にもバトルの比重がメタン並に軽かった。

そもそも一度見限られたマグマ団を見返すべく活動していたらしいが、バトラーはグラードンを復活させた後はどのようなプランを持っていたのか。
復活させた功績からマグマ団への再加入を狙っていたのなら、グラードンを復活させられた独力の技術力の高さから組織に入らなくても良いだろう。
表向きの身分としてのマジシャンも、少年の頃からやっていたのならさほど不満はないはず。
ジラーチの声を聞ける少年を探すためにショーの一部として眠り繭を見せびらかしていたが、ダイアンからすればグラードンの復活よりも大事なことは昔から決まっているような思考の見せ方だったし、バトラーはもっとダイアンと今後のことを話し合うべきだった。
ラストでは荒廃したファウンスの復興を考えており、ダイアンと山奥で暮らすようになった。
生き方が極端すぎないかと感じた。移動式遊園地に出張するマジシャンだったとはいえ、俗世から切り離されたような仙人よろしくなライフスタイルでどう生きていくのか。
尺の都合からかロケット団は数分で退場して賑やかし以下の雑な扱い。
マグマ団から何らかの横槍でもあればまだ二転三転と展開が走ると思っていたが、マグマ団はこの件に一切関与していない。
組織だった暗躍がないせいでどうにもこじんまりとして事件に収まってしまった。

メタ・グラードンがいくら凶暴なやつだと演出されたとて、サトシたちが必死になって空中戦をしているのは山奥の誰もいないファウンスとかいう秘境みたいなところ(実際秘境か?)。
むしろ本来の興行をすっぽかしてファウンスへ行ってしまったバトラーたちは、遊園地の運営会社から多額の賠償を言い渡されても反抗しづらい立場にある。
テナントのバイトがひとり蒸発したレベルではないのだ。バトラーも活動資金をショーで稼いでいる以上、決して安くない金銭のやり取りがあったと見るのは当然である。
ラストでサトシたちへ気安く町の近くまで送ると言っていたが、その後お前たちはジュンサーたちの
手配対象になっていてもおかしくないのだから、これで一件落着な顔をされても反応に困る。
いっそ舞台をファウンスではなく、遊園地の近郊でそのままバトルしていたほうがまだ壮大さがあった。
今ひとつスケールの大きさを感じない、細かく散らばった印象に落ち着く。

フライゴン

バトル内容も健康志向の薄味なのでハイにもなれなかった。
バトラーがボーマンダを使って追撃を仕掛けるなら、サトシとマサトはファウンスのそこら辺で生きていたフライゴンの厚意で背に乗って戦っていただけ。
お前たちは空戦のために飛行ポケモンが全くいないのかと嘆きたくなる。
とはいえ、飛行ポケモンを手持ち、野生のどっちを利用するかはともかく、サトシたちが普段のバトの環境から考えて常に飛行ポケモンを用意しているとは考えづらい(当たり前だがポケモンバトルにおいてトレーナーは地上で立っているだけだ)。
しかし、手出しで出てくるのがピカチュウとアチャモとは一体何の冗談か。
タケシにいたってはポケモンすら出していない。タケシは画面にチラ映りする程度でセリフ量、活躍度は圧倒的にない。はっきりと空気になっていた。
ハルカは日時を知らせる役と子守唄を歌う役があるのでまだ画面に出してもらえていた。
上映時間の割に淡白なキャラの出し方である。
見ていたときは体感40~60分程度の中編かなと思いこんでいたが、調べてみると80分もあった。
80分の割に何していたかを考えるとぺらぺらなのはどうなんだ。

マサトが今回の1番の主役ならもっと活躍してほしかった。
設定上10歳に満たないマサトはトレーナーにはなれず、実際のバトル要員になれなかったのが痛い。
結局サトシがバトルメンバーで活躍しつつ、全体の締めとして宛てがわれていた。
マサトが戦うわけにいかなかったからジラーチとの交流に特化していたが、それならメタ・グラードンを倒す方法が示された時、落ちてしまったバトラーの代わりにサトシが動かず、マサトが走ってレバーを操作するべきだった。
サトシが祈りの言葉を吐きながらではない。マサトが最もジラーチと過ごしていて主役なのだから、制作スタッフはマサトにもっと花を持たせてやるべきだったのだ。
何故なら、ボーマンダとの空中戦からサトシに見せ場がずっと続いていたからだ。
野生のフライゴンの厚意があったとはいえ、人慣れしていない野生のポケモンを従えて危険な戦いをギリギリまで手伝ってもらったのだから十分だろう。
あの空中機動を見ていると、少し苦手意識のあるデザインのフライゴンが格好良く見えるのだから狡いものと思った。
格好良く振る舞えたら、多少のマイナスなどかき消してスターになれるのだ。
グラードンにすら果敢に挑んでいたのだから、相当度胸のある野生である。
アブソルのような何らかの使命を持っていないのに志が高い理由は語られていない。

マサトとジラーチ

最後はマサトへもう一度スポットライトを当て直したが、その時点でもうエンディング前のラストシーン。
後はもう眠るだけという(陳腐だが)感動的な場面。残り10分を切っており、締めてスタッフロールを流さなくていけない。
幾度となくハルカが歌っていた子守唄をマサトたちが歌うところは、マサトが胸いっぱいになって歌えなくなり、サトシたちがそのまま歌い続けてくれた。
静かに鉱物の姿へ戻り、大地へ飲み込まれ、彗星からのエネルギーを大地へ与えるシーンはマサトの叫びと劇伴で感動と涙を誘う。
結局、世界を大きく変えるような願い事は何もなかった。ジラーチの小さな願い事で終わったのは、誰にとってもそれで良いのだと納得できるものだろう。
アブソルも雰囲気を感じ取って静かに見守るだけだった。彼こそ縦横無尽に駆けていたのだから一番の苦労人だろう。
ロケット団の最後のセリフはいらない。薄すぎていらなかった。
1000年に1度しか見られない千年彗星と、その時に目覚めるジラーチ。
彼らにとって再び目覚めるまで、長いのか短いのかは分からない。
それでもラストのジラーチの言葉が真実なら、姿形がなかったとしてもマサトのことをずっと見ているのだから、案外寂しさはそれなりなのかもしれない。
1000年経てば何もかもが変わっている。
次の目覚めのとき、マサトのような少年と再び出会えることを夢見ながら、ジラーチは静かに眠るのだろう。

最後は風に乗せてジラーチの声が聞こえたマサトが風に吹かれながら皆のところへ行く。
これは別記事のジンキでも言った気がするのだが、秘境感を出しつつエンディングが始まるのは演出として壮大なのでとても良いやり方なのだ。
映画なので音響のパワーも借りて、空間が震えることで一層感動できる。
車で送ってもらったサトシたちは再び自由な旅を続ける。
夜には仰向けになって空の星々を見つめながらポケモンの星座を映し出すのはテーマはもとより、上映時期からしても良いやり口。
上映したのは7月、視聴した子どもたちは映画を見た日の夜には空を見上げながら思い思いの星座を見出していのは、想像にかたくない。

さいごに

ジラーチの声を担当されていた方の遺作となり、それが七夕の日だったことからも運命的な作品となってしまった。
タケシ、ニャースの声優の名義変更、ポケモンの映像作品における制作方式の変更、過去作の主役ポケモンの登場、海外の劇場公開についての変更など様々な動きがあった。
前売り券商法も始まり商業的売上は大ヒット。年間売上も最上位と凄まじいブランド力を世界に見せつけている。
さすがに子供向けなので同時上映があったり内容が凝ったものにしづらい欠点があるなど手放しで絶賛できない。
これを見るなら星が見やすい冬か、時期を合わせて夏に見るのはどうだろうか。
どちらも星が見やすい環境にあるのなら、星光りからポケモンたちを思い描くのは良い思い出になるかもしれない。


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