レビュー:カレンに扮するラティアスが可愛い。水の都の護神 ラティアスとラティオス

引用:https://www.pokemon.co.jp/tv_movie/movie/2002/
©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon
©2002 ピカチュウプロジェクト
目次

概要

サトシ一行は水の都アルトマーレにやって来ていた。
そこで行われる水上レースに参加したり、レースで出会った住人に船で観光をして楽しんだりと満喫していた彼らだったが、サトシは謎の2人組に女の子が襲われているところに出くわしてしまう。
サトシは女の子を助けて一緒に逃げた。
女の子は姿をくらませたが、博物館で再び彼女を見つけるも知らないと言われてしまう。
不思議に思ったサトシは三度彼女を見かけるとまたしても追跡し、偽装された空間にある庭園へ訪れた。
女の子の正体は伝説のポケモンのラティアスであり、ラティオスと共にこの街にひっそりといるらしい。
サトシはラティアスが姿を借りていた本人のカノンと祖父ボンゴレから、この地の伝説を聞く。
その夜、ラティアスを襲った2人組、ザンナーとリオンは庭園を見つけ出し、秘宝であるこころのしずくを奪い取った。
博物館の機械でラティオスを動力源にこころのしずくを使って暴れるザンナーたち。
やがて機械は暴走し、大きな津波がアルトマーレへ押し寄せようと水平線の彼方から迫ってくる。
ラティアスと瀕死のラティオスは、重大な決断を下すのだった。

美しい水の都と劇伴

アルトマーレのモチーフとなったのは、イタリアにあるヴェネツィアという都市である。
水上を走る船やバスで観光するというのはあまりにも有名であり、水の都として名高い。
そして独特な街のあり方は多くの作品のモチーフとして採用されている。
ヨーロッパの都市建築、水を使った演出は今作で十分活かされている。
ゴンドラではなく一人乗りのボードのような浮き台に乗って、水ポケモンに曳いてもらってレースをする。
ポケモンがいる世界ならではの催しものは、現実であったのなら中継されるくらいには人気が出るだろう。
水上の移動手段は冒頭のレースだけにとどまらず、観光としてのゴンドラの上、帰り道のモーターボート、エンディングで定期船に乗船などがあった。

化石ポケモンが暴走してサトシとラティアスを強襲する場面だと、カブトプスが船や石畳を八艘飛びのように跳ね回る。
プテラの空中攻撃と併せて緊迫感のある攻防が起こる。
ラティアスによるリードで水上レースのように走る暴走ポケモン戦の後半は、一気にスピード感が増す。
冒頭のレースでもそうだったが、早さのメリハリが相当強くついていて飽きさせない作りだ。
早い演出や展開の後に、じっくりとしたシーンに移動して慣れや飽きを抑制させる。
カメラワークの遠近の使い分けのような感じだろう。
水は街中に豊富にある。
博物館の装置で水の牢獄が出てくるのも設定として良さがあった。
装置による街の封鎖は陸上なら金属製のものが飛び出してきたが、後に水で牢獄を作り出してバリエーションをもたせているのだ。

平和なときのアルトマーレの劇伴はいかにもヨーロッパ感のあるものであり、ヴェネツィアモチーフのアルトマーレとマッチしている。
カノンという曲は何度も使われており、象徴的なものである。気になった人は一度調べて聞いてみてほしい。
石造りで迷路のような路地でカノンに扮するラティアスを追う最中、交差路で道に迷って辺りを見回すサトシ。
それにあわせてカメラもぐるぐるとサトシを中心にまわり、より迷宮に囚われてしまった非日常感を出していた。
実際ああいった場所は案外通りのすぐ近くだったりするものだが、見知らぬ土地だとすぐに当たりをつけて動けるわけではない。
迷い迷って日差しの中に現れたラティアスが日陰の壁中に吸い込まれていく様を見たサトシと視聴者は、まるで彼女が幻で全ては夢の中にいるような感覚に襲われるかもしれない。

怪盗姉妹

これは子供向け映画の宿命なのか、敵キャラへの制裁があまりにも薄いのだ。
何度も窃盗を繰り返すザンナー、リオン姉妹に与えられた罰は刑務所の収監のみ。
図書室みたいなところで本を読み漁っている姿がエンディングにあるので、禁錮ではなく懲役くらいだろう。
街を破壊してラティオスにあの運命を強いた割に、加害者たる2人が生き生きとしているのが腹立たしい。
もう少し悪をなす人間への罰を与えてほしいところだった。
あれではやったもの勝ちにも見えてしまう。
ポケモンを使う割に指示出しが雑で、初登場時のアリアドスは最初の指示の後で行動命令がないので棒立ちだった。
博物館だとエーフィに攻撃指示を出すのが遅く、ピカチュウの10万ボルトで感電KOさせられた。
サトシが接近していることは知っていたくせに指示出しの遅さが素人感がある。
怪盗行為を人間主体でやっている弊害なのか、ポケモントレーナーの腕はそこらの一般人程度だ。

ラティアス

ラティアスは水上レースのときにサトシを見て興味をもって以来、ストレートに好意を彼へ向けている。
その中身は友愛や親愛の類で恋慕の感情はない。
カノンに化けているのも人間社会で人にばれないため。
体温が低いらしいので触られたら気づかれるおそれはあっても、みだりに他人を触れようとしないからリスクが低い。
ラティアスは人に化けても言語能力を有していないので会話はできない。
喋れるポケモンは超希少、伝説や幻級のようなやつらでないと言葉を交わせないのだ。
ニャースやラプラスといった面々が異端である。
特にロケット団のニャースは最初期からずっと貴重な位置にいるといっても差し支えない。
したがって、ラティアスがサトシへものを伝えられる手段は限られている。
サトシは彼女の表情や仕草で何となく察してあげるしかない。
安易に映画の主役だからといって言葉を与えないのが素晴らしい。
理解し合えても壁はなければ両者の違いを視聴者は強く覚えられないときもある。
さて、最初から最後までサトシへ信頼を寄せていたラティアスは中々の愛くるしさで終始行動しており、ラティアスのことが好きになった上映当時の視聴者は筆者だけではないはずだ。

そのラティアス、というより本作最大の驚きがあった(かもしれない)シーンは、やはりラスト。
別れを告げようとボンゴレの家へ来たが、カノンは留守。
言伝だけ頼んでアルトマーレを去ろうとしたサトシたちに走っていくカノン。
サトシだけ桟橋に降りて対応したが、彼はカノンから紙巻きと共にキスをもらう。
最後まで一言も言わず去ったカノン。羨ましがるタケシ。
受け取った紙にはサトシとピカチュウのいつもの姿が描かれていた。
劇中でデッサンのモデルになった場面はないので、これは想像で作られたもの。
最後の正体は不明である。
というのも、そこまでなら帽子の有無で見分けがついたが、ラストシーンは帽子を家に置いてきているのだ。
使われた劇伴はカノンという題で、帽子を取っているのはラティアスの特徴。
言葉は用いず、特定の仕草もない。書籍でも少女と表記され、真相は闇の中。

筆者の考えは、最後の少女はラティアスだと思っている。
キスするに足る理由をカノンにもたせられなかった点が大きな判断材料になったからだ。
正直少しだけ映った程度の女より、終始ほとんど傍にいたラティアスの方が、お礼と別れを込めて彼にキスを贈る理由になる。
最後のピカチュウとサトシの絵はさすがにカノン作だが、カノンからの贈り物はイラストと思えば納得しやすい。
答えは出ないので好きにこの部分は妄想して、各人で都合の良い結果を見つけてしまえば良いだろう。
エンディングでちらっとラティアスやラティオスの同胞が見えたのも、ここにはひとりぼっちとなったラティアスにも仲間はいるので大丈夫というメッセージと捉えられる。
ラティアスがサトシの手持ちにならない限りは、サトシは旅人ゆえにいつか離れてしまうのは確定事項。
だからこそわざわざ同胞がアルトマーレへやってくるシーンを挟んだのだ。
彼女に孤独は訪れないことを示して。
ラティオスの意志のようなものは、新たに生み出されたこころのしずくが担ってくれるはず。
美しい宝玉は今後もアルトマーレを守ってくれる。まるでおとぎ話のように。

さいごに

当時この映画を劇場で見たとき、キスシーンは(筆者の中で)大変刺激的というか驚いた。
今なら前述の考えを持って見られるが、あのときはただただサトシが好きになったのかと正直に結論付けていた。
勿論、それは悪いことでも恥ずかしいことでもない。悪感情をもって作品を楽しんでいないのだから。
今でも振り返って、映画館へ観に行って良かったと思える。
そういった作品に今後も出会えたら幸運だろうと思いつつ、しみじみとしたかつてを思い出したいならこの映画を見ても損はないだろうと伝えたい所存である。


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