レビュー:銀河機攻隊マジェスティックプリンスは、ザンネンでもカッコいいじゃない

引用:http://mjp-anime.jp/index.html
©2016 創通・フィールズ/MJP製作委員会
目次

概要

地球暦2110年(新宇宙暦88年)、宇宙進出を果たした人類に謎の勢力ウルガルが攻撃を仕掛けてきた。地球は滅亡の危機に瀕し、地球側の組織である全地球防衛軍GDFは遺伝子操作によって人工的に戦闘へ特化した人間を生み出すMJP計画を発動する。
そして生み出された5人の子供たちは軍事的訓練を受け、チームラビッツを結成。派遣艦隊の盾として木星圏へ送り込まれた。
彼らが登場する大型の機体アッシュは最新のマシンであり、またラビッツのメンバーは各分野において秀でた成績を残している。
しかしアッシュの操作性はピーキーな点も多く、ラビッツメンバーはチームワークが劣悪極まりないことからザンネン5と周りから莫迦にされるほどの問題児ぶり。
やがて心身ともに成長するチームラビッツは各戦場を渡りながら、先輩・宿命の強敵・敵勢力から
亡命してきた謎の女性との出会いを経て更なる激戦へ送り込まれるようになっていく。

ザンネンな主人公たち

明らかに頭の悪い、どこかおかしな人達にしか思えないほどの残念ぶりを主人公ヒタチ・イズル他ラビッツメンバーたちは持っている。
それぞれ単体で見ると優秀だがチームワークが皆無だったので、演習ですらまともにこなせないほどの落第生だった。
クラスメイトは彼らをザンネン5と罵倒するのが日常であり、煽られると大概はアサギとスルガが文句を言い出して、タマキとイズルは見当違いな発言を繰り返し、ケイは呆れるのがお決まりである。
それでもMJP計画の遺伝子調整の成果はばっちりと出ており、劇中でも凄まじい速さで成長していく。イズルたちへの課題は本人のパイロットの腕よりは性格や考え方といった内面である。彼らにしてみれば、自分たちの中身をいじった挙げ句に記憶を抹消、以降は一兵士として戦場へ送り込まれるよう仕込まれる地獄ぶりだ。
記憶がないから自分のルーツが分からない。
親に抱かれて育ったような気がするなどと余りに可哀想な発言をそこまで暗くならずに会話する。
イズルたちが話す自分たちの過去は大体悲哀を誘いそうな話題ばかり。
並のアニメなら途中で記憶が復活する描写もあるだろうが、本作は一切そういうことがない。
イズルだけはテオーリアとの過去の会話の断片(?)がふと頭をよぎる描写はあったものの、ラビッツメンバーの過去はずっと消え去ったまま。彼らは今と未来にしか生きていない。
付け加えるなら今は戦争の真っ最中。ウルガルの兵力は質も数もいまだ地球側を上回っていたところから物語が始まるので、明日も生きていられるか保証などない。
MJP計画によって過去を奪われ、未来も不確かな戦いの日々を送っている。
恐ろしいことに、過去がないし取り戻すこともないか、どれだけ背景を重たくしても陰鬱とした雰囲気まで落とせないという結果を生み出しているのだ。
だからイズルたちも無いものは無いよなの精神でスルーしており、重要なのはそこじゃないと伝えてくれる。
それでもマジェスティックプリンスの物語においては過去は重要な要素をふんだんに含んでいる。
遺伝子、生命のルーツ、既視感のような感覚の正体など、過去を奪って捨てさせたにしては大事なことを過去に詰めているのがいやらしいところだ。

イズルたちはザンネン5と万年言われる通り欠点が目立っている。
それはよく見かける軽い人見知りとか方向音痴とかではない。割とコミュニケーションに問題が発生するレベルでおかしさがあるのだ。
主人公のイズルはおもむろに漫画を描いて時々誰かに見せたりする(会見中ですら)、アサギは常に胃痛と戦っていて余裕が足りず、スルガはナンパするくせに兵器や銃の知識をひけらかすので失敗続き。
ケイは極度の甘党でお菓子を作ってイズルたちに振る舞うが、味は砂糖の甘さしかないし色彩がひどく鮮やかであり、普通の洋菓子をケイが食べると甘くないと言うほど味音痴。
タマキは惚れっぽい性格が酷い方向へ突っ走っている。
見てくれが良い、少しリップサービスで好意を向けられると途端にその男性へアプローチをしてしまう。
しかし、タマキは惚れた相手と仲良くなるステップを完全放棄していきなり告白をするので当然振られる。
途中から参加するアンジュは普段落ち着いているが、戦闘になると凶暴な性格・口調に変化する。
さらに大体何でも出来る腕前があるにも関わらず、何かを好んで行うことはない異様な精神性である。
彼らラビッツだけが異常者の集まりというわけではない。
学園生も怪しい人物はいるし、先輩であるチームドーベルマンの面々もクセが強い。
それでも確かな実力をもって任務遂行していけるのがMJP計画のもたらした結果なのだ。
負けてしまえば全てウルガルに奪われ滅ぶだけならば、いっそ倫理をかなぐり捨てて戦いに特化した人間を揃えるのは合理的といえるだろう。
何もかもが終わった後、人類の中で責任の取り所を探ればいい。

遺伝子が支配する

遺伝子(過去)が縛りつけるものは、この作品のあらゆるキャラクターである。
人類、敵性生物のウルガルでさえ自らのルーツに縛られ、生き方を選ばされている。
ウルガルは衰退の道を延命すべく、他の星へ種をばら撒き育てさせる。
十分育って何らかの進化を遂げた生物を狩猟することで遺伝子を獲得し、これでウルガルの種の拡張・進化を促すのだ。
人類すらウルガルによって生み出された存在であり、ウルガルが人類を原生種族と呼んで見下しているのはそのため。
人類はウルガルの生存の為に生み出された家畜のようなものだが、生物として当然持ち合わせる生への執着から抵抗を試みる。
本来ならただ一方的に蹂躙されるだけの末路しかなかった人類が今日まで生き延びてこられたのは、ウルガル側のとある勢力から齎された敵性技術のおかげである。
ウルガルの大方針に異を唱えるものは少数ながらいる。
その内のひとりとして地球へ亡命したテオーリアによって持ち込まれたウルガルの機体を原点として改良していき、操縦できるようにしたのがアッシュである。

逃げるな、戦え


アッシュはジュリアシステムなる特殊なものを搭載しており、メインシステムの中にパイロットと同一の遺伝子情報を組み込むことで圧倒的な操作性を得ている。
乗れば乗るほど搭乗者の遺伝子が強化されていき、アッシュとシンクロしていけば超反応による回避行動を難なくできるようになった。
特にラビッツの初期5人組のマシンは各人の特性にあわせて専用機のチューンがなされている。
戦い続けるほど連携が上手くなっていったが、裏返せば遺伝子情報が合わないパイロットには使えず、量産性が全く無い。
また、本能に支配されるジュリアシステムの特性上、逃げたい本能が高まれば戦闘行為を拒んで逃げ出してしまう。
一方、闘争本能が勝ればどんどん機体は戦いに適した姿へ変わっていき、戦いそのものへのめり込んでいく。
劇中ではイズルが搭乗するレッド5が暴走状態になり、フルバーストモードへ勝手に変化していた。
この恐るべきシステムのせいでパイロットの精神状態が重要となってしまい、解決策としてMJPの行動はイズルたちの過去を消し潰して、戦わなければ生き残れないと洗脳教育をした。
感情の振れ幅が大きくなることで日常生活にも影響が起きてしまう。
ケイはイズルに助けられたことで恋愛感情が強烈に生まれてしまい、以降イズルへそれとなくアプローチをするようになった。イズルは全く気づかなかったが。
逃げるな、戦えと繰り返されるこの物語は、誰もが遺伝子(過去)に縛り付けられていることを提示している。
オープニングにおいて、受精卵が分割していく様、歌詞でも規格外の誰かや遺伝子に背を向けてといったところから、成長と変化が重要なものと示している。
生命はウルガルが生み出し、成長して収穫されるだけの運命を背いて自分たちで生きようとあがく原生種族のひとつである人類。
ただしウルガルは絶対悪ではなく、衰退の道を解消するべく策を講じているのだ。
食べるため(生きるため)に狩りを行っているので殺戮を好む集団とはならない(ジアートだけ怪しい)。

ザンネンじゃないシリアスさ

ザンネン5と言われ、ギャグシーンも結構多いが全体を見るとかなりシリアスな状況ばかりだ。
人類は滅ぼされる危機にあるし、それにも関わらず地球人の各派閥は戦中・戦後の有利を掴むべく他者を出し抜こうと身内の醜い争いが続けている。
なんちゃっての戦争ではないので人類もウルガルも相当の被害を出している。
ウルガル側は他の星で生み出した生物を利用しているし、地球側は先述したMJP計画で改造人間を作っている。
最終回で地球圏へ進出するためのゲートを閉じただけであり、ウルガルを殲滅していない。
ひとまずの危機が去っただけであって、完全な平和などどこにもないのだ。
ただ、その時間すら欲しかったのは言うまでもない。時間はどちらの味方もする。
生産性のないアッシュをさらに改良できるし、減った戦力を補充できる。
一度の戦闘もラビッツのみの戦いにとどまらず、艦隊戦も多かった。
多数の艦船が行き交う戦場においてアッシュは主力のひとつに過ぎず、あくまで駒なのだ。
特に後半からは補給や換装が当たり前になってくるし、整備班も後方の船にいるので危険が伴ってくる。
補給等を受けるときは、他の仲間にカバーを要求して下がっていくのはリアリティを感じられた。

最終戦のゲート破壊作戦はチームラビッツが全員敵陣深くへ突撃を仕掛けてビーコンを射出する任務が与えられた。
イズルはジアートとの決戦で手が離せなくなってしまった(レッド5じゃないと誰も止められない事情もある)が、それぞれが敵幹部と激闘を繰り広げつつ少しずつ進んでいく。
最後はアサギが見事にビーコンをヒットさせて前哨戦が成功したシーンは感動を覚えた。
感動するシーンで挙げられるのはラビッツの先輩にあたるチームドーベルマンの逃走シーンである。
敵の存在を見知ったドーベルマンがデータを持ち帰るべく、全員が死ぬ覚悟をして逃げ続ける。
メンバーが死んでいき、最終的に生き残ったのは1人だけ。負傷した生存者もそのまま後送されずに最終決戦に参加する。
本人の意志もあるのだろうが、どう考えても使える戦力は使い潰す上層部の思惑が見えた。

さいごに

常に戦いはシリアスであり、状況が劣勢である人類側が妙に明るく見えるのは、イズルたちのどこか抜けた性格(行動)によるものだろう。
暗いときこそ明るく振る舞えれば、案外どうにかなってしまうのだ。
最終決戦でイズルは倒れてしまうが、その続きは劇場版へ続いている。
彼らの活躍が気になる方は、本編ならびに劇場版を鑑賞することをおすすめしたい。


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