レビュー:見どころすら半端になりがち。片田舎のおっさん、剣聖になる

引用:https://ossan-kensei.com/
©佐賀崎しげる・鍋島テツヒロ/SQUARE ENIX・「片田舎のおっさん、剣聖になる」製作委員会
目次

概要

片田舎の道場で剣術を教える中年のおっさん、ベリル・ガーデナントの下へ美少女がやってきた。
剣士として上を目指す情熱は鳴りを潜めて、門下生へ剣を教える日々をそれなりに上手くやってきたベリル。
そのような男を元弟子のひとりであるアリューシアが10年ぶりに訪ねてきたのだ。
聞けば、騎士団の特別指南役として招聘するとのこと。
静かに朽ちていくと決めていたベリルは、アリューシアに連れて行かれて都会へやってきた。
成長して美しく強くなっていた元弟子との再会、一筋縄ではいかない強敵との戦い。
イマイチ腕に自信のないベリルだったが、その実力は片田舎で腐らせるには勿体ないほどの豪傑ぶり。
片田舎の剣聖と呼ばれるほどの達人だったのだ。

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よくある展開

はっきり言ってストーリーそのものはつまらない。
これを言ってしまうともうそれでおしまいなのだが、中身が薄っぺらいのだ。
大まかに見れば、田舎の道場で剣術を教えていた男はとんでもない実力者であり、男の弟子の美少女たちにモテたりしつつ何らかの騒動で活躍するというもの。
本当に残念でならないのだが、後述する剣戟シーンはそれなりに面白い。
見どころのあるにも関わらず、ハーレムものが足を引っ張ってならない。
剣聖になるには複数の女性から好意を強めに向けられるのが必須事項だと、誰が決めたか。

道場の弟子は男女問わずそれなりにいた。何年も続けているのだから総数だってある程度いるだろう。
それで、どうしてサブキャラクターとして登場する元弟子のほとんどが美少女なのか。
一応武器屋の店主が元弟子のひとりだったが、都会にいた弟子はそれくらいだ。
騎士団の副団長も希少な男性、あとは端役のギルドマスターくらいで残りは大体女、女、女。
剣で魅せたいのか、トロフィーガールを侍らせて勝ちまくりモテまくりをしたいのか。
後者なら正直見飽きているし、見せ方が雑極まりないと醜悪である。
ベリルは年嵩なので既に剣の高みへの情熱は薄く、今一つ自信や称賛に対して謙遜したり、持ち上げられるのを嫌がったりする。
少年よろしく勝手気ままに振る舞うのは大人の男性として問題ある姿だろう。
ならば相手の称賛を過剰に疑問視や謙遜する態度は、実力に劣るものからして嫌味に捉えられかねない点をどうして無視するのか理解できない。

公式サイトのキャラクター説明には11人中8人が女性キャラ。
それも弟子だったのが5人という有り様。もう少しバランスをつけてほしい。
騎士団2名、冒険者1名、外部の騎士団1名、魔法師団1名と全員何かしらの職(冒険者ならランク)において高位の人間ばかり。
何ならベリルと入れ替わりで道場に務めることとなった弟子の男性も高位だったはず。
高い役職と能力で色々騒動に対して活躍してくれるか、それに見合うだけ敵が強大かと期待していたが、現実は残酷である。
出てくる敵全てが主人公未満の雑魚しかおらず、弟子たちにすら楽々負けるような連中ばかりだったのだ。これでどう熱くなれれば良いのだ。
ベリルが魔法や気を用いてオカルティックパワー頼りではない、純粋な身体技能で戦うのはとても好感が持てた。
その要素をどうにも活かしきれなかった制作側に何らかの問題があったと疑わざるを得ない。
恋愛要素が本編を作るうえで必要な要素たり得ないなら、いっそハーレムなど捨ててしまえばいい。
魅力があるなら少数のヒロインだろうと読者は惹きつけられる。
やたらめったら数だけ出すも、数が多いから書き分けられない。
あまつさえ、それぞれの背景や味が粗野になって棒立ちや全肯定の称賛ボットならガヤにもならない。
主人公をヨイショしたいなら、そこらにいる慎ましく生きている人々にやらせればいい。

魅力に薄く、ただいるだけのトロフィーガールなど見ていて痛ましいし、それらを持て囃す読者側に大きな不満を持っている。
結局、作家が創作する本は商品故に、読者が好んで買うような本を作らなくてはいけない。
故に作家の感性や思考が大衆によって捻じ曲げられていく(可能性がある)のだ。
世の中の流行に逆らって憤ることについて、これは決して逆張り思考にあらずと伝えたいところである。

剣戟が見どころ、のはず

このアニメ最大の見どころは剣戟シーンだ。
ファンタジー世界でも近接武器を使う戦いはリアル向けに構成されているのが特徴である。
さすがに魔法を使って戦うのは架空だが、どうしてここまで剣に関しては頑張ったのか。
西洋剣術をベースにしていて、ベリルの目が良い特技と合わせることで、武器の重さとぎりぎりの回避からの反撃をするシーンが完成する。
使用される武器もロングソード、ツヴァイヘンダーといった西洋でおなじみのものが出てくる。

ただし、これは史実に基づいたものではない。あくまでエンタメだ。
だから必要以上にオーバーなアクションをするし、人間にマネできない跳躍、瞬間移動(に見えるような体術?)を披露してくれる。
現実世界の戦いになればひったすら地味だし、そもそも鎧がビキニアーマーよろしくなゴリゴリのファンタジーの装いだ。
鎧成分が軽薄だから重さで敵をぶちのめす戦い方は出来ない、仮にあってもエンタメとして地味だからやりたくないのだ。
これならまだ敵側の方が鎧の厚さがある。それでも素肌が見えるのはどういう考えだ。

ここまで来ると、考えられるのは魔法によるブーストか、儀礼(ファッション)要素が前面に出てくるようになってしまったか。
美しい少女の顔がバケツヘルムみたいなものに隠れたら残念に思ってしまうのは理解できる。
剣術などリアルに寄せたい、仕上げてやると心意気は感じられる分、余計にこう何とかならなかったかと嘆息する。

どこを見るべきか

ハーレムも駄目、剣戟も見応えはあるけど半端ならどうするか?
それならいっそ何も考えず、流し見すると良い。
幸いキャラデザそのものは可愛らしいし、主人公の気遣いは大人の男性として問題ない振る舞いといえる。
キャラクターに癒やされて、時々挟まれる戦闘シーンを重厚だな、そこそこリアリティあるなってぼんやりと構えてみれば案外楽しめるだろう。
さらになろう系あるあるのひとつ、ダンジョンで大型モンスターの急襲というお約束のイベントだってある。
ライトユーザーに素晴らしくマッチした作りではないだろうか。
最上位のヒロインたちも口々に自分の師匠を敬愛しているし、修羅場らしい修羅場は一切ない。
やれやれ系な粋がる子供がいないのは見ていて苛つかないし、読後感(視聴感?)は良いので後味の悪さで時間を無駄にしたと思いにくいだろう。

魔法使いの団長のルーシーから魔法攻撃で圧殺されかけても、純粋な体術で対抗する第3話はそこそこ面白く感じられるはずだ。
経験に基づく初見殺しの回避など、単に腕のみの男ではない点はプラスだ。
ついでにベリルがルーシーを下して勝利を飾らず、互いに実力者だとして終わらせたのも両者のメンツや実力の程を貶めない無難な落とし所である。

さいごに

つまらないストーリーだと酷評したが、なろう系全体を見れば面白い部類の作品なのは間違いないだろう。
読者層に寄せた構成をしているものの、こだわりたい部分は見えている上に、映像作品となった今作でもそれは受け継がれている。
馬車で半日程度が片田舎ではないだろう。
駅馬車の速度を雑に考えて、半日で移動した距離が約100キロ程度で首都に到着したとする。
日本の東京をベリルたちが赴いた首都と見なして、東京から100キロ圏内はどの程度かを見ると、群馬、茨城、山梨、神奈川、千葉が入る程度である。
片田舎などと言い張りたいならせめて宮城や青森まで距離を伸ばしてからいってほしいところ。
馬車でその日につける場所が辺鄙な田舎ではない。現代感覚ならベッドタウンだ。
アリューシアの鼠径部が気になる人は視聴してみてはどうだろうか。

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